Tuesday, November 01, 2005

Brand as Icon


社会的動態にともないある種の間隙が生じる。1974年10月から放映されたテレビドラマ『傷だらけの天使』。脚本家の市川森一は、氏の脚本冒頭に「鳩が、糞をたれて、飛び立つ」と書いた。
高度経済成長をへて繁栄へ飛び立つ日本に、取り残された存在こそ、ペントハウスを根城とする主人公達であった。深川連続通り魔殺人事件が起きたのは1981年のことである。白いブリーフ姿で逮捕された川俣軍司は社会的動態に乗れなかった悲しい男として犯罪史に刻まれた。
写 真家藤原新也の一連の作品は、80年代に続出する一連の事件を、時代の間隙に生じるべくして生じた事件として提示し、それらは来るべき時代の予告の書となった。 1989年宮崎勉事件、1990年代に入ってからの一連のオウム真理教事件は、時代が完全に反転したことを示した。混沌とした時代の中で生きることこそが 常態であることを我々は思い知らされたのである。
一つ一つの犯罪や事件が時代と無縁ではないように、商品やブランドはその時代を生きる。時代との きり結び方を見せてくれる戦略、それがブランドである。 Douglas B. Holt 『ブランドが神話になる日』(ランダムハウス講談社、2005年)は、ブランドを通じたアメリカ社会論である。労働者賛美型プロモーションから友情関係支 持型プロモーションへとシフトしたバドワイザー、急速に2極分化する社会構造の中で取り残されるスラッカーと呼ばれる少年達の心をつかんだマウンテン デュー。センスの良さが光るブランド選定と、秀逸の戦略解説は、読み物としての魅力も併せ持つが、硬派な社会分析が今までにないブランド論の可能性を見せ ている。(写真:非マーケティングでユートピアを演出し、一時代を築いたスナップル/なんと名古屋セントレアで入手、撮影)

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