Sunday, July 31, 2005

7-Eleven: What's this?〜MPSA5

いつの頃からだろう。日本のコンビニが日常化したのは。私が大学生の頃、20数年ほど前のことであったよう に思う。プロジェクトXでおなじみのように、イトーヨーカ堂が米国サウスランド社(現7-Eleven社)とライセンス契約を結び日本セブンイレブン1号 店ができたのが1974年である。1980年に日本の店舗数が1000店、82年にPOS導入、そして83年には出店数が2000店となっている。現在で は日本1万店、アメリカ5796店、台湾3786店、・・・・・中国846店などとなっている。
現在、アメリカのセブンイレブンをコントロールし ているのは、日本のイトーヨーカ堂である。2005年2月に米国セブンイレブンは正式に日本セブンイレブンの子会社になっている。すでに数年前からかなり の株式を保有し本家を下支えしてきた経緯がある。日米関係の象徴のような話しである。感謝されるどころか、アメリカ小売業のイコンを奪ったと逆恨みされる ところまでそっくりといったら大げさか。しかもこの事実、ほとんど誰も知らない。流行っていないし、客も期待していないにもかかわらず、日本的な品揃えを しようという努力は散見される。「おにぎり」も導入されるらしい。子会社化が功を奏したのかどうか定かではないが、今年6月の売上は昨年同期に比べ 9.1%増大している。
アメリカには日本にあるようなコンビニはない。実のところ、アメリカに来る前には、日本のコンビニにはもううんざりしてい た。あの凡庸さと、公共サービスからゲーム購入までなんでもコンビニに任せようとする世間に嫌気がさしていた。折しも、老年層のコンビニ依存度が高まると の分析などが散見されるようになると、終わったなと、勝手に終止符を打っていた。まあ1年くらい少々不便な生活をしてもそれはそれでいいやと思っていた が、いざ暮らすと贅沢になるものである。コンビニが恋しくなる。嫌ってはいても、行かない日はないくらい依存していたのだから仕方ない。
このあた りでは、ガソリンスタンドに併設されたセブンイレブンが車で10分程度のところにある。10マイル(約16km)以内には7件存在する。ちなみに日本の私 のうちで見た場合、半径2.5km以内に4件、10km以内に10件、20km以内ではカウント不能となる。これでも日本ではかなり少ない方だと思われ る。さてここノースキングスタウンのセブンイレブン、名前だけである。日本のどんな田舎に行ってもあんなセブンイレブンはない。客がうろうろしたり、まっ たりするという風習がないので、実に居心地が悪い。私は必ずジュースのケースの前で悩んでしまうので、取り出すのに時間がかかる。そうしていると、ここで はかならず、「エクスキューズミー」と、いらいらした人々がドアを開けて、ジュースを取り出していく。みな滞在時間が1分ないのではなかろうか。この点 は、パコ・アンダーヒルの書物にも出てくる。彼も書いているように、アメリカでは客が飛び込んで、必要なものだけをさっさと購入して帰るそんな店がコンビ ニである。
大工のようなガタイのよい男が肩をゆらしてミルクを買っていく、それがアメリカのコンビニである。奥まで距 離のあるスーパーでは不便なのである。ところで、この「ガタイのよい大工のような男」であるが、もちろん文字通りの大工さんではないことがほとんどであ る。マッスル願望は日本の男の比ではない。しかもこの10年でまったくスーツを着なくなっている。知的職業従事者ほど着ない。しかも車はトラックである。 私には大工さんにしか見えない。日本のコンビニを支えるライフスタイルがアメリカには存在しない。日本が抱える悩みもアメリカには存在しない。村上龍の小 説に、引きこもりの少年が深夜にコンビニに買物に行くというシーンがあったのを覚えているが、その種の悩みはここには存在しない。
また、競合する 小売業者にも注目しておく必要がある。基本的に、かつて日本のコンビニがそうであったように、アメリカのコンビニはスーパーの補完である。したがって、 スーパーの方がはるかに見るべきものがある。また、ファーマシーのチェーン店も多い。見方によっては、このファーマシーのチェーンの方が日本のコンビニに 似ているといえるかもしれない。清潔だしアイテム数も多い。しかも他に比べると少しまったりしている。さらに特筆すべきは、小さな商店がたくさん残ってい るという点である。田舎、都会を問わず、残っている。コンビニが少ないというのはこの辺りの田舎の話しだけではない。セブンイレブンのサイトで、検索して みて驚いた。マンハッタン島にセブンイレブンは存在しない。そういえばない。いつも探しては、そのへんにあるデリとか、グロサリーストアに入っている。
ま た、郊外ではどんな街にもきれいな商店街が残っている。さすがにどれもこれも流行っているということはないが、日本のようなシャッター街は存在しない。ア メリカみたいにすっきりした流通をという人がいたり、それはけしからんと言う人がいるが、少なくとも、零細小売業は生きている。こういう言い方は不謹慎か もしれないが、まじめに商売をしている。商店は通常きれいだし、何か独自のサービスをしようとがんばっている様子がうかがえる。日本の場合...説明に苦 しんでしまう。いくらいいノウハウがあるからといって、それに従属することはせず、自立するというのがアメリカ流なのであろう。
アメリカに到着後 比較的早く気づいた日米の違いが、コンビニであった。すでに日本には、小売店の情報化のレベルと合わせて日米の比較をしている優れた業績が存在する。アメ リカでも日本のコンビニの情報化努力に学ぼう的な研究が存在するようだ。しかし、それを支えているライフスタイルとの関係で日米コンビニの差異を論じたも のは私が知る限り存在しない。サプライ---も業績量産インキュベーターの役割をそろそろ終えるであろう。この領域における英知の結集をのぞみたい。

http://www.sej.co.jp/index.html
http://www.7-eleven.com/
http://www.politicalgateway.com/news/read.html?id=2977
村上龍『共生虫』講談社、2000年
パコ・アンダーヒル(鈴木主税訳)『なぜこの店で買ってしまうのか〜ショッピングの科学』早川書房、2001年

Mountain Dew: The Myth of Brand〜MPSA4


ア メリカの多くの地域では、炭酸飲料水のことを、Sodaという。むかし日本で もそのような言葉があった。 食事の際もこのSodaを飲むので、市場は大きい。レストランではSodaを飲むことを勧められる。過去25年間に2倍以上の市場にふくれあがったといわ れている。年間に一人当たり56ガロンを飲むらしい。Oh...
さて、このSoda市場は、知られているように、Coca-Cola社と Pepsi-Cola社によって二分されている。ブランドで見た場合、Coca-Cola Classicが1位、Pepsi-Colaが2位、Diet Cokeが3位である。そして、第4が、Mountain Dewとなる。Mountain Dewは現在、Pepsi-Cola社の一ブランドとなっている。
Mountain Dewは、1958年に開発された。「山のしずく」と訳されることもあるようだが、ブランド開発時の発案は、アパラチア山脈に伝わる古いフォークソングで 歌われている密造酒の名前をヒントにしている。現在に至るまで、この名前が継承されている。この命名と同時にアパラチア山脈の伝説にでてくる Hillbillyをキャラクター化したWillyを登場させて、ボトルや看板で起用している。このWillyが印刷されたボトルは、e-bayなどでマ ニアに人気のアイテムとなっている。アパラチア山脈はロッキー山脈に比べて、起伏が緩やかといわれるが、密造酒の製造に適切な程度には複雑な地形をもって いる。このような土地の性質からアパラチア地方には長く貧しい生活を強いられる地域が存在した。そのような地域ゆえの特異な伝説が存在したのである。 1964年にペプシがMountain Dewを買収した後も、しばらくはこのHillbillyキャラクターが用いられている。キャラクターの名前はClemと変更されて、テレビ広告などで起 用された。密造酒にも連なる山脈地方のmythとHillbillyのiconが継続的に用いられたことになる。もっともここまでのMountain Dewのストーリーは、数あるマニアサイトの常連であれば、議論の中心となるのだろうが、近年のブランド分析におけるMountain Dewのストーリーは、1990年代以降のそれということになる。
私 のMountain Dew初体験は、ウォルマートで見つけた、Mountain Dew Limited Edition Pitch Blackを飲んだ時である。いやもしかすると、日本のどこかの温泉の自動販売機で買ったことがあるかもしれない。いずれにしても、Pitch Blackは、40過ぎの私にもCoolであった。息子と二人で虜になったが、Limited Editionの名前の通り、いつしか入手できなくなった。同じく、2001年に市場に投入されたMountain Dew Code Redという際物もあるが、Pepsi-cola全体の売上を押し上げたといわれている。つい最近まで、ヤングの総称としてgeneration-Xが用 いられていたが、最近ではgeneration-Yというのがあるらしい。どうにも概念が曖昧で、使うのを躊躇してしまうが、その時々の最も若くて、大人 達がうらやむ消費者層をそのような言葉で説明するらしい。この若年層に圧倒的支持を受けて、この20年近いMountain Dewの大躍進があるといわれている。いうまでもなく、20年というのは世代を超えている。ましてHillbillyの頃からということになると、50年 近い年月が経過している。この間、それはMountain Dewであり続けたが、時代の文脈に合わせて、そのmythとiconを切り替えてきたのである。
Pepsi-Colaが使っている広告代理店は BBDOであるが、かれらは、長期間にわたって、Mountain Dewのmythを組み替えてきた。近年のそれはDo the Dew キャンペーンに集約されている。キャンペーンを創ったクリエーター達の若年層への深い理解、あるいはそれとの一体化によって成果がもたらされた。クリエー ター達は、若い世代の苦悩を知っていた。彼らは創られた華々しいヒーローに憧れたりはしない。まったり文化にはまっているからといって、まったりを「まっ たり」として表現するプロモーションに共感したりはしない。彼らに訴えるにはまったりのエートスを表現する何かこそが必要であった。
それが、新し いスポーツや新しい音楽ジャンルへの支援活動であり、共同作業であった。またグラスルーツ型ともいわれる販促戦略は、口コミを誘引し若い世代における圧倒 的な支持をつかみ取った。クリエーターや、その仲間達は、日常的に街に出て、若者達と話しをし、共同の作業を行っている。若者に人気のスポーツは Extremeといわれている。Inline Skating、Mountain Biking、Skateboarding、Paintball、Artificial Wall Climbing、Snowboarding、BMX Bicycling、Wakeboarding、Mountain/Rock Climbing、Surfingがこれに含まれる。いうまでもなく、これらが音楽、ファッション、行動様式と結びつき独自のカルチャーを創りだした。 ケーブルテレビでスポーツ番組を配信するESPNは、これらのスポーツを「X-Games」として浸透させている。ここにMountain Dewは、長年先行投資的な支援を行っている。Taco Bellも同様の投資を行っているとされる。モールのフードコートで、Taco Bellが若者を引きつけているのは偶然ではないということになる。緻密な計算が背景にある。
さて、がらにもなくブランド分析もどきを試みてみ
た。 実際のところ、学会で他人の報告を聞きながらプロジェクターから映し出されるマクドナルドのMマークを見ながら、「こんなダセーとこ、とっとと、引き 上げてーな」と思ってしまう私だから、狭い意味でのブランド分析それ自体は恥ずかしい行為だと考えている。ただ、マーケティングと生活世界の緊張関係、そ れについてブランドの物語が何かを示すのであれば、分析の意味はあると思うのである。

<資料>
http://www.oligopolywatch.com/2003/04/21.html

http://www.elearning.hbsp.org/demos/cases/m_dew.html
http://www.beveragemarketing.com/news2a.htm
http://www.jamjapan.com/jp/columns/i_media/xgames.html
Douglas B. Holt, What Becomes an Icon Most? "Harvard Business Review", March, 2003

Nordstrom: American Hospitality〜MPSA3

ニューヨーク5th Avenue、高島屋は異彩を放っている。店の風格は客に来るなと言いきっている。間違えて入った客は、その居心地の悪さに3分ともつまい。間違えて入っ た客もとりあえず受け入れて、ひょっとしたらなんか買うかもしれないと期待する大方の百貨店とは大きく異なっている。ブランド戦略はこうですよ、という教 科書のような店である。売ろうという気配すら感じられず、ただ、ブランドのためだけにある。
さて、これまでに日記でも書いたが、アメリカの百貨店 はすごい。あんなものが商業として成立するというのだから、アメリカ人は懐が深い。アメリカではデパートの従業員とは、他のどの職場にいっても使い物にな らない人がなる職業である。レジが普通に回転しているのを見たことがない。あるいはまた、レジがどこにあるのか、フロア中探さないといけない。おや、アメ リカボケしている。百貨店という業態はセルフサービスではない。なぜレジを探しているのだろうか?レジに人がいない。いや、いても動いていない。日頃行列 に寛大なアメリカ人が激怒したのを初めて見たのは百貨店であった。
ロードアイランドの州都、プロビデンスのモール、プロビデンス・プレイスには Filene's, Lord and Taylor、そしてNordstromの3つの百貨店が出店している。Lord and Taylorは、撤退し、新たな百貨店が入るらしい。ちなみにこのモールがある近辺は、行政が徹底的にてこ入れして、開発を急いでいる地域である。そのせ いか、モールの内外が非常に美しい。これだけ外観が立派なモールはそうはないと思われる。
Nordstromは、他の百貨店とは明らかに異なる。 店舗は美しく、広々としている。したがって、レジがどこにあるか探す必要はない。またしばらく探し物をしていると、店員が声をかけてくれる。 Nordstromは、1901年にシアトルの小さな靴屋から始まった。2005年7月現在、総店舗数は、151店舗、そのうち彼らが、full- line-storeと称する百貨店は、27州に95店舗を有している(http://www.nordstrom.com/)。顧客の注文や返品要求にNoといわないという主義で注目されており、徹底した顧客中心主義が日 本でも話題になっている。
どうやら、日本の一部では、元祖ホスピタリティとしてあがめられているようである。一応時流に乗って、話題づくりのため に提携を結ぶ日本の百貨店があったり、アメリカでは他にないサービスに驚いて本を書くアメリカ人が出てきたとしても、そうは驚かない。しかし、日本もこう あらねばというのは、やっぱり大きな違和感がある。店舗を見る限り、日本ではあたり前のことが行われているだけである。もちろん、アメリカの百貨店の中に あっては傑出したサービスを提供しているのではあるが、他が凄まじいので目立つというだけのことである。「視察団」が日本から来るというのであるが、一体 何をどのように見て感動するのであろうか。もっとも、自分のスーツははるやまでしかかったことがないような人が、そのサービスに感動するというのは考えら れうる話しかもしれない。

BestPlace: It's a Cool Tool〜MPSA2

インターネット上のコンテンツには使い勝手のよいものが多くある。Mapquestは最も良く利用されてい るものであろう。アメリカの自動車にはほとんどの場合、ナビゲーションシステムはついていない。道が単純にできていてわかりやすいからか、そんなことはな い。特にアメリカでの運転に不慣れな私は、地図で予習しただけでは必ず失敗するということを最初の頃にいやというほど味合わされた。それで、どうするかと 言いうと、このMapquestである。出発点と行き先を入力すると、どの道路を通って何マイル走って、どこでどちらに曲がってということを全て教えてく れる。これをプリントアウトして目的地に向かうことになる。慣れると、通りの名前、距離、方向だけをプリントアウトするだけで大丈夫らしい。私はその域に 到達しなかった。
さて、Sperling's BestPlacesである。これは全米の各都市ごとに、不動産価値に関係する客観情報と主観情報をワンセットで提供しているサイトである。操作はzip コードを入力してenterキーを押すだけである。おどろくほどの情報がおりてくる。現時点では、MSNが提供している簡易版の方が使い勝手が良いように 思われる。http://houseandhome.msn.com/PickAPlace/nf_search.aspx
まず、客観的情報とし ては、人口、平均所得、平均年齢などをはじめ多くの指標が示される。面白いところをひろっていこう。教育にかなりの重きが置かれる。生徒一人当りの教育支 出、教員一人あたりの生徒数、図書館司書一人当たりの生徒数、もちろん、高校、大学(2/4年)、大学院卒のパーセンテージが示される。それに暴力犯罪/ 窃盗犯罪、諸種税金率、住宅購入コスト、交通手段などが網羅されている。ちなみに当サイトのJVRI(Japanese View in Rhode Island)のgeographyのコーナーでは、この情報を使って、プロビデンスとノースキングスタウンの都市間比較を行っているので、関心がおあり の方はご覧いただきたい。
このBestPlaceがユニークなのは、単に客観指標をアレンジしているだけではなく、定性的情報を定量的情報と同格 に組み合わせている点である。例えば、ノースキングスタウンのネイバーフッドのタイプは、Scenic Exurbsが多いとされる。このライフスタイルの特性としては、高度な教育を受け、結婚しており、高度でかつ専門的な仕事を有している。主要な都市圏か らはかなり離れており、それは人気のSuburbよりもさらに郊外に位置し、高級感が強いとされる。多元的収入が家族の豊かさを支えていると分析されてい る。そして、私には理解できなかったことは、ライフスタイルの傾向の第一項目の、1940年代ノスタルジアの購入であった。どうやらそのような志向がこの 辺りの人々にありそうなことはわかった。それのどこが良いのか、さっぱりわからなかった。正直なところ、家など小人の家である。なぜそれが良いのか、1年 間で分かるはずもないということだけは、かなり早い段階で分かった。今回滞在の一つの目標、消費文化の日米比較は早々に挫折した。

BestPlaces的なサービスが日 本でも有効かどうか、正確に言うとアメリカほどに有効かどうかは、定かではない。アメリカでは都市ごと、地域ごとで暮らし並みがまったく違うゆえにこのよ うなサービスが意味をなすのかもしれない。たしかに日本でも地域によって暮らしは違うが、アメリカでは郵便番号が一つ違えば、天国と地獄、具体的な危険が ともなうからである。一つの国、あるいは一つの州に途上国から先進国までいくつもの国が存在しているようなものである。それと、日本ではこのようなサービ スの提供にはおそらく乗り越えなくてはならない文化的ハードルがいくつもありそうである。教育水準の比較、人種構成、貧困層のパーセンテージ、犯罪率、こ のようなものをワンセットで提供できるのかどうか、かなり疑問であろう。
アメリカは1990年代、久しぶりの好景気にわいた。いうまでもなくその 立役者が、インターネット関連のビジネスであった。さまざまなコンテンツ・ビジネスが活躍の場を与えられた。しかし、それを全て美化してはいられない。例 えば、長野弘子著『シリコンアレーの急成長企業』(インプレス、2000年)  によると、その時代に急成長したコンテンツ企業の多くがBtoB企業であ ることがわかる。しかもそれは顧客情報をネット上から収集しアレンジして企業に売り渡すというビジネスである。チープなマーケティング用語でいえば、 one-to-one marketingの資料アレンジメント業ということになる。しかしこれが私たちをいらだたせるダイレクトメールやスパムメールの元凶の一つであることは 疑いない。
私自身も、コンテンツ産業が発達済みの経済社会ではリーリング産業になると考えている。したがって、急成長している中国、インド、ブラ ジルなどとはITといってもまったく市場が異なる。中国の経済的脅威など、プロパガンダ以外の何物でもない。しかし、コンテンツ産業の中身についてはしっ かりとした見極めが必要となる。チンピラまがいのビジネスでの成功は、私たちの暮らしにとって意味がないばかりか有害でさえある。急成長しているとされる BtoBにしても、BtoCあるいはCtoCを起点にすることの重要性と意義を理解できないビジネスは早晩市場から駆逐されるであろう。

End of Starbucks Coffee〜MPSA 1

スターバックスが終わっているというのは、今回の滞在の早い時期に気がついた。これから、Marketing Petit-Stories in America(MPSA) 2004-2005というシリーズを開始しようと思う。
私 のスターバックス初経験は、1999年頃だったと思う。たしか、ボルチモアかなんかだったと思う。すでに日本には1996年に入っていたのであるが、私は 知らなかった。なんだか簡単な店で、おいしいコーヒーを飲ませるなと思ったりした。私の記憶が定かだとしたら、少なくともアメリカでは現在の定番店舗の形 態がまだできていなかったのではないかと思う。1週間ほどの滞在期間中に、何度も足を運んだ。好きになったからではなく、案内して下さった方がよく利用し ていたからに他ならない。当時は、都心部のなかでも落ち着いた場所にあって、客層もそう悪くなかったように思う。
日本へのスターバックスの上陸 は、すなわちスターバックスのグローバル戦略のスタートであるといえる。やや遅れて1998年、アメリカ国内における郊外店の開発がはじまることになる。 2000年代に入ると日本でも地方への展開が加速された。福岡天神の店舗ができたときは、うれしくてよく行ったりした。90年代後半からの”まったり”文 化がスターバックスの窓越しに確認された。日本のスターバックスの店舗展開は、あのサザビーとの共同事業である。私は、スターバックスの日本での成功は、 サザビーとの提携を抜きには考えられないと思っている。アフタヌーンティー、アニエスb.などの文脈の延長線上で考えるのがもっともしっくりくる日本にお けるスターバックス成功の物語である。
しかし、いつのころからか、スターバックスのマイスはダサイそれに変わった。マンハッタンを歩く。ほぼ一ブ ロックごとに店舗があるのではないかと思えるほどの過剰な出店。数ある人気のカフェやデリから振り落とされ客や、まだスタバを新鮮に思えるほどの田舎から 登ってきた観光客が集まるそんな場所、それが今のスタバである。日本展開以降、定番化したあの店舗デザインも、ひどくチープに思えてしまうから不思議であ る。そう最初にスタバに行った時のような輝きや緊張感がそこにはない。”まったり”しながら、実は緊張していたそれがかつてのスタバであった。文化的緊張 から、ブランドのイコンは生まれる。
今はどうかしらないが、日本ではスタバの豆は、百貨店でしか売らなかった。それに対してドトールの豆はコンビ ニでも売られていた。複雑なビジネスの事情から、日本の量販店では、唯一コストコだけでスタバの豆を手に入れることができた。アメリカではスーパーで大量 に売られている。そして、私が決定的にまずいと思ったのは、コーヒー牛乳である。いや他の名前があるのかもしれないが、味もまずいが緊張感0の商品であ る。あんなものを売ってしまっては、ブランド価値も0へと近づく。ちなみにうちから歩いて行けるグロサリーストアにも売ってある。タバコやロトと一緒に。
世 界中に"カフェでまったり”文化を発信したスタバであるが、他方で貧困なグローバル文化発信の咎で、アンチブランドムーブメントの槍玉にもあがった。ブラ ンド構築の一つ一つのアイテムや、テクニックが強いブランドを生み出すわけではない。そこで暮らす人々とのあいだの緊張関係をいかにiconと化すか、こ れである。いつの日からか、スタバはそれを忘れた。

マーケティングと生活世界

blogを始めようと思います。ひょっとすると、ここから何かが始まるかもしれないと思っています。
テーマもblogの流れで変わるかもしれません。ただ、一応とっかかりということで、マーケティングと生活世界というテーマを提示してみました。生活とマーケティングが交錯する地点で、何かが生まれる。ここからはじめてみましょう。